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タナトスに似た欲動

またこういったことをせんとす

センチメンタルな旅

はてなブログに移ってから死に関することばかり書いてきたけど、今日もまた。まぁ、別にわざわざそういうことが書きたくてやってるわけじゃないけど。

寝るまでのあの長くて暗くて手持ち無沙汰な時間になると、死について強く考えてしまう。

しかし、一方で自分が幸せを感じている瞬間にも同じように死を強く意識していることに気づく。

いま幸せだなと感じるその瞬間、頭の片隅にあるのは、対岸にあるはずの(と僕が思い込んでいる)死の瞬間だったりする。

人生のハイライト。

その影としての死。

この途方もない隔たりは、銀河にボカアと口を開けている石炭袋のようでとてつもなく恐ろしい。

この先、一生を添い遂げたいと思える人に出会ったとしても、その先にある死別が恐ろしくて、何度も何度も悩むだろう。

とにかく、自分にとっての幸福は、その恍惚とした輝きの分だけ、恐ろしい死の暗さも象徴している。


アラーキーこと、荒木 経惟の『センチメンタルな旅・冬の旅』は、そんな僕の妄想が具現化してしまったような写真集だ。

この本は、『センチメンタルな旅』という荒木氏の、奥さんとの新婚旅行で撮影した写真をまとめた私家版の写真集から21枚をピックアップした前半と、若くして病に倒れ、亡くなるまでの妻の姿を克明に記録した『冬の旅』の2部構成になっている。

センチメンタルな旅・冬の旅

センチメンタルな旅・冬の旅

初めてこの本に出会ったのは、5年くらい前だったろうか。

とにかく衝撃的で、確かたまたま本屋で見つけ立ち読みをしたはずだったけど、とてつもない気持ちに押しつぶされて、しばらく放心状態だった。

僕が幸せを感じる瞬間に死を意識するようになったのは、この本のせいだったのだろうか? それとももっと前から?

先日、私家版として出版された『センチメンタルな旅』が復刻版として発売されたらしい。

こっちを単独でみたら、なにか変わるだろうか。

僕にとって(失礼ながら)呪いのような本だけれど、この機会にもう一度正面から向き合ったら何か変わるだろうか。

センチメンタルな旅

センチメンタルな旅