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タナトスに似た欲動

またこういったことをせんとす

じりつ

人の感情を気にしすぎてつい自意識過剰になってしまう。

こういう性根はきっと、一生治ることはないと思う。

それでも、この歳になって、客観的に自分が「いやいや、考えすぎだよ」って言ってくれるようになった。

それにつれて、初対面の人ともなんとなく親しげな感じで話すことが辛くなくなった。

コミュ障がだんだんマシになってきている自分に寂しさを感じたりもする。

なんというか、人間が生きる時というは、実感しにくいけれど確かに積み重なっていて、どんなことでもだんだんと慣れてくるらしい。

自分はこういう人間だと思っていたことも、30を前にしてだんだん変化していることに気づく。

これが大人になると言うことなんだと、実感する。

とてつもなく嫌な感じだけど、これは抗うことのできない時間の力なんだろうな。

20代は、ホントに色々なことが変化していく。

特に、自分の半径10cm以内のことが、恐ろしいスピードで変化していく。

そのスピードになかなか慣れなくて焦ってばかりだ。

今だからこそはっきりとわかるよ。

20代が一番いい時期だなんてちっとも思わない。

こんなに辛いなんて、知らなかった。

このままだんだん、辛くなっていくのか、それともどっかでパアッと突き抜けるのか、まだわからない。

ちぢむ世界

世界がちぢんでいく

いま君のすぐそばにいる人が

きみの世界をちぢめていく

ぼくがそばにいた頃は

ふたりの世界は大きくて

いつも終わりが見えなかったのに

いまはもう とても小さくなってしまった

世界がちぢんでいく

君はそれに気づいていない

ちぢんでいく

ここからはもう

何光年も離れた星のように見えるよ

面接 - あるいは(無知がもたらす予期せぬ結末)

決まりました、面接。

ここ1年くらいですっかり自尊感情が壊れてしまった自覚はあるので、面接に備えて運動(ランニング)でもして、心を正常な位置まで押し上げようかな。

ところで、自分に自信を持って行動できる人が結果を残す社会だなと思うわけです。

自惚れギリギリの溢れそうな自信で、自分が「これだ!」と思ったものに突き進むことができる人ってすごい。

自分はそういう自信は持ち合わせていなくて、何事も慎重に、行動に移す前に頭のなかで色々とシミュレーションして、二の足を踏んでしまうことが多い。

考えるより先に行動できる人ってのは、リスクを考えるより先に行動するし、結局リスクに直面してもなんとかできちゃう場合がほとんどだから、結局は行動できる人間が強いんだろうなぁ。

まぁ、自分みたいな慎重で冷静なタイプが活きる場所ってのも当然あるとは思うけど、表舞台で華々しく活躍するタイプではないさね〜。

表舞台に立ちたいわけじゃないけど、結果は残したいです。だって生きてるんだもん。

今度面接してもらえる会社に、もし入ることができたら、自分的にはかなりのステップアップになると思ってます。

お給料の面ではどうなるかわからないけれど、とにかく携わることのできる仕事の幅と深みがとっても広がりそうでワクワクしています。

自分を試す形になるけれど、きっとできるはずだと思ってます。(こういう時くらい、終わりかけの歯磨き粉のように、自信を絞りだすわけです。)

結局、自分で自分を アゲて くしかないのよなぁ。

・ ・・ ・・・

というわけで、『とんかつDJ アゲ太郎』が 下記の放送局で放映開始です。

  • TOKYO MX:4月10日より 毎週日曜22:15~
  • 読売テレビ 4月11日より 毎週月曜25:59~
  • 中京テレビ 4月12日より、毎週火曜26:57~

みんなもアゲてこうぜ! tonkatsudj.tokyo

↑トップレベルドメインが.tokyoだ!笑

あうとぷっと・浮かれもーど♪

なんでまた突然、ブログを頻繁に更新するようになったのか?

なんで、スマホのプランのこと、IMAXのこととか、誰に需要があるかもわからないハウツー系のブログを書いてるの?

blog.boku-wa-kafka.com

blog.boku-wa-kafka.com

さらには、レジンアクセサリーまで売ってさ。

www.creema.jp

すべては、今年がアウトプットの年だからよっ!!!!!!

いや、あの手のハウツー系のブログだったり日々考えてる暗いことだったり、それを何かしらの形でアウトプットしたいと思いはあったわけだけど、なぜかできない。

やりたいし、やろうと思えばすぐに始められるのに、やれない。

やらないじゃなくて、やれないってのが本当のところで。

とにかく、仕事以外のことが何もできなかったわけです。

けれども、今年に入ってから妙に行動的になってきた。そんで、今までやれなかったことが、すすすーっとやれるようになってきた。

どんな結果になるかわかんないけど、ハウツー系のブログも、しばらくはちゃんと続けていこうと思ってるんだよ。

別にブログで稼ぎたいだなんて、そんなことは思ってない。

ただ、自分が書いた記事にどんなアクセスが集まるのか、そういうのを日々分析しながら、糧にしたいのだよ。

しっかしなー、なんで今年に入って急にムクムクやる気が出てきたのかな?

たぶん、年末に社長と衝突して、そのまま蟠りが解けないまま、気持ちがプツンと切れてしまったのだろう。

この3年間、自信を持って仕事に身を入れてやってきたと言える。

けれども、3年経ってみてまず感じているのは、とてつもない閉塞感だ。

その閉塞感を破ろうと色々もがいてみたけどダメだった。

そんな袋小路の中で、仕事中もプライベートもずっと悩み続けていたら、なにもできない人になってしまった。

まぁ、軽い鬱だったのか?当時はわからなかったけど、客観的に思い返してみれば、そうなのかもしれない。

んで、今年に入って、その緊張感がプツンと切れたわけだ。

よーするに、もう辞めるしかないなっていう諦め。

そうなったら、なんだか心が軽くなったってわけだね。

というわけで、今年はアウトプットの年にしようと決めたのであります。

これまで頭の中だけで完結してしまっていた、色々な「やりたい」を無理くりでもアウトプットしたいと思ってるんです。

心が死んでる時間を経験してわかったのは、心がやりたい!ってなってる時には、なにがなんでもやっておかないといけない!ということなンだ。

転職もするし、ブログもやるし、音楽もやるし、絵も描くし、映像もやるンだ。

きっとできる!!

センチメンタルな旅

はてなブログに移ってから死に関することばかり書いてきたけど、今日もまた。まぁ、別にわざわざそういうことが書きたくてやってるわけじゃないけど。

寝るまでのあの長くて暗くて手持ち無沙汰な時間になると、死について強く考えてしまう。

しかし、一方で自分が幸せを感じている瞬間にも同じように死を強く意識していることに気づく。

いま幸せだなと感じるその瞬間、頭の片隅にあるのは、対岸にあるはずの(と僕が思い込んでいる)死の瞬間だったりする。

人生のハイライト。

その影としての死。

この途方もない隔たりは、銀河にボカアと口を開けている石炭袋のようでとてつもなく恐ろしい。

この先、一生を添い遂げたいと思える人に出会ったとしても、その先にある死別が恐ろしくて、何度も何度も悩むだろう。

とにかく、自分にとっての幸福は、その恍惚とした輝きの分だけ、恐ろしい死の暗さも象徴している。


アラーキーこと、荒木 経惟の『センチメンタルな旅・冬の旅』は、そんな僕の妄想が具現化してしまったような写真集だ。

この本は、『センチメンタルな旅』という荒木氏の、奥さんとの新婚旅行で撮影した写真をまとめた私家版の写真集から21枚をピックアップした前半と、若くして病に倒れ、亡くなるまでの妻の姿を克明に記録した『冬の旅』の2部構成になっている。

センチメンタルな旅・冬の旅

センチメンタルな旅・冬の旅

初めてこの本に出会ったのは、5年くらい前だったろうか。

とにかく衝撃的で、確かたまたま本屋で見つけ立ち読みをしたはずだったけど、とてつもない気持ちに押しつぶされて、しばらく放心状態だった。

僕が幸せを感じる瞬間に死を意識するようになったのは、この本のせいだったのだろうか? それとももっと前から?

先日、私家版として出版された『センチメンタルな旅』が復刻版として発売されたらしい。

こっちを単独でみたら、なにか変わるだろうか。

僕にとって(失礼ながら)呪いのような本だけれど、この機会にもう一度正面から向き合ったら何か変わるだろうか。

センチメンタルな旅

センチメンタルな旅

私信 - MAILER-DAEMON:User unknown

こんなこと言いたかないけど、数年前から時間が止まったようなんだよ。

一日中別れ話を続けて、家からバイト先まで言い合いをしながら歩き続けて、そのまま電車に乗って金山駅徒歩5分のカラオケボックスでいつものように結局楽しくカラオケしてさ、僕はスピッツの『楓』を歌って。

突然、喉のあたりが狭窄したようになって吐き気に襲われた。

トイレの個室に駆け込み、5分くらいだろうか、僕は便座を眺めて冷や汗をかきながら、心臓がバクバクいって、猛烈な吐き気はあるのに吐けない。

ただただ、嫌な吐き気だけが喉奥でくすぶっている。

なんでもないふりをして、平静を装って、うん、だいじょうぶ、でも、もう出ようかってカラオケボックスを出た。

支払いするときに、ポケットからクレジットカードを取り出して、店員に渡して、店員がそれを機械に通す・・・・ツウシンチュウ・・・・そのほんの数十秒の間にも、またあの吐き気が来るんじゃないかって、ドキドキしながら、意識が朦朧として、なんだこれ初めての経験だなぁってもうヤバいな、自分死ぬんじゃないかって、思った。

そのまま帰り道、「大丈夫?」って君は心配してくれたけど、僕は余裕がなくて、大丈夫、先に帰ってって小声で、でも君は「え、でも……」ってなかなか僕の前を離れようとしないから、大丈夫だから、頼むから帰って、声を荒げた。――いやあれは、怒ってたわけじゃなくて、君に吐いてる姿を見られるのが嫌で、早く僕の前からいなくなって欲しかっただけだよ。

顔面にコンプレックスがあるから、君の前では前髪を上げるのも嫌だったし。まぁ、そんな感じだよ。。。

そんで、君はそのまま電車に乗って帰っていった。

――当然、君は知らないその後のこと。

僕はふらふらと街を歩いていた。吐き気だけは収まらなくて、人前で吐くのだけは嫌で、とにかくひとりになれる場所を探してさまよって。

30分くらい?ふらふらした後に、イオンのトイレに入った。

そこでもしばらくの間じっと便器に溜まった水を見つめて、大丈夫、大丈夫って自分にいいきかせた。

やっと落ちついたんだけど、もう本当に怖くて、自分の家に帰るには、金山から4駅、熱田、神宮前、笠寺、大高とやりすごさなきゃいけないわけだけど、どう考えても無理。

電車なんて1駅2、3分だけど、それがものすごく長く感じて、あぁやばいなーって、神宮前で一回降りた。

そこで水を買って、気持ちを落ち着かせて、次に来た普通電車に乗った。

次はなんとか大高まで行けて・・・それ以降のことは覚えてないな。

とにかく、この日を境に自分はおかしくなった。

今になってみれば、それは「パニック障害」という症状だったみたい。

原因はわからない。就活だったのか、君のことだったのか、たぶんどっちも。

そこから今も、体調がなんかイマひとつだなぁっていうのがずっと続いているよ。

吐き気に関していえば、1年前くらいに完全に治ったけど。

ホントに外食ができなかった。松屋ですら、入って注文して後に、やっぱり無理ですぐに出てしまって。

なんだよ!松屋すらダメなのかってまた自己嫌悪に陥ったりして。

まぁ、それでも一時期よりはだいぶ良くなったかな。それでも、3年くらい、体調というか精神的に悪い時期が続いたよ。

でも、峰なゆかも、早めに鬱やっておけば次に来た時に対策できるからいいみたいなこと言ってた気がするし、まぁ、確かにそうかもしれない。アンダーコントロール。

で、まぁわりと身体の調子は戻りつつあるのかなぁって感じなんだけど、どうもあの時から時間が止まってしまったようなんだよ。

もう26歳だよ。あれーこんなはずでは?

まだ君のこと好きなのかな?自分でもよくわからないんだよ。

A面で恋をして、B面でもっと・・・

つまりなにが言いたいかと言うと、愛とかいう不安定ですぐに壊れてしまいそうなものに依存するのは如何なものかという話なんだよ。

確かに、センスとかそういう曖昧な表現を使ったのがいけなかったのかもしれないけどさあ。

それでも、そこまで自分のパートナーのことを必死で擁護できるんだったら、何も心配いらないですね。

別に今さら、僕のほうからなにをしようってんでもないので。

なんとなく、誰かを傷つけるようなことをしたい衝動に駆られてあんなこと書いたのは、ホントに反省しかないですね。

はああ、良くない良くない。

なんか躁ってほどでもないけど、冬の間ずっと陰鬱だった気持ちが、暖かくなって急に能動的になっちゃって。

こうして誰も得しないブログ書いたり、ピアス作って売り始めたり、自分でも客観的にみて大丈夫か?って状態ではあるよね〜〜。

まぁ、明日には携帯も変わって、番号も変わって、僕だけがいない街で、僕は僕を探し続けるよ。(適当)