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タナトスに似た欲動

またこういったことをせんとす

満月だし、多少はね?

君の彼氏はダサい。

だって、DAOKOいいねって、君が言うならともかく、自分まで一緒になって「いいね!」してちゃダメでしょ。

僕だったらやっぱりKOJI1200の『ブロウ ヤ マインド』聴いてもそれ言えるの?って君にクギを刺すよ。

それに、僕はすでに、トーフ君すら認めるのをやめちゃったのさ。

だってこれだぜ?↓

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そんなダサくてうすっぺらい男に騙されてちゃいけないんだよ。

わかるかなー。目の前にある愛情だけがすべてじゃないのさ。

わかりやすくて、なんだかあと少しで手が届きそうな愛情なんて、マックのチキンナゲットみたいなもんで。

どんなに悪い過去があったって、ついつい手を伸ばしてしまいそうになるもんだよ。

賢い君なら、もうわかってるんじゃないのかな?


KOJI1200 - ブロウ ヤ マインド

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

見通し:自問自答

この歳になって、人生の見通しみたいなものが見えそうで、とっさにフタをする。

このまま、ああなってこうなって……って、安っぽい日本映画みたいに、次の展開読めちゃいそうだよ。

それを必死でかなぐり捨てたくて、現状を壊そうと必死にもがいてる、つもりだけど。

一方で、このままでいいじゃんって思っている自分もいることに気付く。

どうせなにしたって無駄だよ、リスク背負って賭けに出るくらいならぬるま湯に浸かってなよって、どこからか聞こえてくる。

やりたいことはたくさんあるし、この歳になって恥ずかしいけど、夢を追って行動してもいいのかなって思ったり……。

逆に言うと、面舵いっぱいにきれるのも、今しかないのかも?

現状維持ならそこそこ安定してるけど、やっぱ安定ってクソだなってこの3年ではっきりと実感したし、やっぱいまの仕事にやりがい感じないよ。

いつまでも、タワレコでバイトしてたころは楽しかったな〜なんて後ろ向きな思いばかり溜め込んで生きていくのってダサいよね。

というか、いまの生活続ける気なんてハナからないですし。

それよりも、この3年で身につけた知識や技術が活かせる仕事を探すのか、自分が本当にやりたいことができる業界に思い切って飛び込むのかってことなんだろうなぁ。

昨日買ったニトリの高反発まくらが臭くて眠れない・・・。

ーー自問自答を文章にしてダラダラ垂れ流すの、悪くないな。自分が結局なにを望んでいるのか、整理できる気がする。

ある漫画の登場人物:自分は胃がんだと思い込む男の話

数日前から、胸が痛い。

数週間前から、呼吸が細い。

数カ月前から、身体がだるい。

数年前から、心が暗い。

このまま死ぬのだろうか。昔から恐れ続けてきた死が、もうすぐそこまで来ているような気がする。

身体のどこかは、もうすでに手遅れなほどに蝕まれていて、医者に見せればその日のうちにあとどれだけ生きることできるかがわかるのだ。

そんな妄想ばかりを繰り返して今日も何もしないまま過ぎていく。

生は苦悩で、音楽だけがそれを忘れさせる。

街中が寝静まった後、音楽を聴きながらあてもなく歩きまわる時間が好きだ。その時間だけが愛おしくて、その時間がなくなってしまうのが怖くて、死にたくない。

意識が内へ内へと侵食していく。

身体中の神経が鋭くなっていく。

身体が昨日と同じでないと不安になる。

「まただ……昨日までは感じなかった違和感がある。」

「いや、そんなはずはない。昨日、少し働きすぎたんだ。少し休めばきっと良くなる。」

「それにしてもおかしい。胸の痛みまで出てきた。きっと心臓になにか良くないことが起きているんだ。」

「心臓じゃない。ただの肋骨神経痛だよ。」

でも、もしかしたら……。

自分の意識があまりにも死に向かい過ぎている。恐れていた死をいつしか望むようになる。

「いつくるかわからないものにいつまでも怯えているなら、いっそのこと……。」

はっとする。

そんなこと考えていたのか?

いやいや、ありえない。そんなこと……。

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もういちど自分らしさに出会うための10日間 自尊感情をとりもどすためのプログラム

もういちど自分らしさに出会うための10日間 自尊感情をとりもどすためのプログラム

思い出に押しつぶされそう

昔から死ぬことを必要以上に恐れていたので、眠る時には真っ暗な部屋の天井を見つめながら、棺の中で死んでいる自分を夢想してえも言われぬ恐怖に戦慄していたのだ。

そして、いつの間にか朝がやってきて、「今日も朝を迎えることができた、でもいつかは死ぬんだ・・・・・・」という言葉を頭に浮かべながら歯を磨いていた。

そんな生活をもう何年も続けていたわけだが、どうやらそろそろ慣れてきたらしい。

寝違えた首に一日中悩まされていたのに、一晩寝て治ってしまえばすっかり寝違えのことなんて忘れてしまうように、慣れによって自分の中でひっかかりがなくなってしまったことというのはすぐに忘れてしまう。

そういうわけで、死に対する恐怖はここ一年くらいはだいぶ落ち着いてる。

(とはいっても、水道橋博士が自身の経験を振り返っているのを読んだことがあるけど、タナトフォビアの症状は生涯を通じて強まったり弱まったりといった波があるらしいから、まぁまたそのうち苦しむことにはなるんだろうと思う。)

しかしながら、自分の性根がネガティブな引力にまるで抵抗する様子もなく、そういう半ば現実から遠く離れた不安が弱まると、今度は現実に即した不安だったり、過去(!)と現在を並べて意味のなく落ち込んだり、不安を増長させたりしている。

と、改めて文章にしてみると、過去まで引き合いに出してきて抑うつ状態になっているのは滑稽だな。

そうやって、俯瞰してあざ笑う自分もいるわけだが、不安に苛まれている自分がいるのも真実ではある。

最近、自分の中に「無意識」というもう一人の自分がいるのを意識するようになった。

この辺はフロイトの研究でよく知られていることだけど、自分で実感できるようになるとフロイトの言うことがよく理解できる。というか、恥ずかしながら「自我・イド・超自我」っていう概念を、自分が無意識の存在を意識してから知ったからより納得感がある。

僕がリラックスしている時に多いんだけど、その「無意識」ってやつが、過去の一瞬一瞬を鮮明な映像で突然送ってくるんだよ。しかも楽しかった瞬間ばかり!

あんまり過去のいい瞬間ばっか送られてくるので、その対比で超つまんない社会人になった現在を対比させてすんごくおちんこもんでる、もとい落ち込んでいるという話です。(この辺で飽きた。)

働きたくないでおじゃる

モノとか、サービスを売って利益を上げるってことに嫌悪感すら感じているよ。

お客さんは買う理由を探してるから、いかに気持ちよく買い物をしてもらうかが重要で、そのためにマーケティング手法と呼ばれるような、顧客の購買心理を理解して、それを利用したテクニックみたいなものがあるんだって。

まぁさ、それはそうかもしれないんだけど、そこに人生賭けるのってなんか違うなぁっていうのが正直な感想だよ。

だって、自分はそんな買い物の仕方したことないし、そういうテクニックみたいなものって、もうだいたいわかるじゃん、みんな。

僕はさ、顧客に対して、素直に誠実に、ちょっと不器用でも、まっすぐやればいいと思うんだよね。だけどそれは違うみたい。

なんかなぁ、楽しくないなぁ。もうちょっと柔軟にさぁ、ラジオの周波数を合わせる時みたいに、ほんの少し調整すれば、「あ、仕事楽しいっ!」ってなれるような気もするんだよね。

タワーレコードでCD売ってるときは本当に楽しかったよ。まぁ、小売店のアルバイトと、中小企業の一社員じゃ立場が違うってのはよくわかってはいるんだけど、でもなんか今自分がしてることって、世の中の本質から外れていってるんじゃないか?って思うんです。

もっと自由にやりたくても、マーケティングのセオリーから外れたことはやっちゃいけないから、ビクビクしながらやってるよ。つまんなーい!

転職したいなって思うんだけど、こんなモチベーションじゃ次の一手が思い浮かばないよ。仕事ってものに理想を抱きすぎてるのかな?

みんなこんな感じで、嫌だなぁとか思いながらも、週末は酒飲んで、テレビ見て、よっしゃまた明日からと頑張っぺ〜って歳とって死んでいってるの?

なんかな〜なんかな〜って思うよ、日に日に、その想いは強くなっていくんだよ!!

どうしたもんかねぇ。

ガールズ&パンツァー劇場版が最高でした。

この記事は、まだガールズ&パンツァーを観たことない人にむけて、ガルパン楽しいよってことを伝えたくて書きました。思うままに書いてしまったので読みづらくなってしまいましたが、少しでもガルパンに興味を持ってもらえたら嬉しいです。

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今思い返せば、ちょうど劇場版が公開されたばかりだったので、ネット上にも色々な感想がアップされ、その中のひとつをたまたま観たのがきっかけでした。

こんな感想がたくさんあって、ただの美少女アニメだと思っていた僕は少しだけ興味を持ったのでした。

すみません、いきなり少し話逸れます

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今年は様々なメディア配信サービスの元年だったなぁと感じました。

もちろんこれまでもサービス自体は存在していましたが、今までとは明らかに違う、使い始めた瞬間に「おっ」と手触りの良さを感じるサービスが次々と現れたように感じます。

音楽ではApple MusicやLINE MUSICが、動画ではNetflixやAmazonプライムビデオが、そしてこれは個人的なタイミングという部分が非常に大きいのですが、つい先日購入したkindle paperwhiteも、タブレットで本を読むという概念を大きく変えてくれるものでした。

特に動画配信サービスに関しては、Netflixの功績は非常に大きかったと思います。

サービス開始前から日本国内のメーカーと話をつけて各社のリモコンに「Netflixボタン」を標準装備させるなどの戦略も素晴らしいですし、なによりも「ネット配信は画質が悪いもの」という概念を壊した功績はものすごく大きいと思います。

(そもそも、家庭用ゲーム機や最近のスマートテレビについているYoutubeのアプリを使って「家のテレビでYoutubeを見る」という体験をしていない人もまだまだ多いでしょうね。HD画質で配信されている動画に関しては非常にキレイな映像で再生されるので、MVなどをプレイリストにつっこんで再生させておくだけでかなり楽しめますし。)

話が脱線しすぎました。ガルパンの話に戻します。

最初の数分で「これは普通のアニメじゃないぞ」と

ガルーズ&パンツァーに関しては、AmazonプライムビデオでTVシリーズが配信されており、何の気なしにとりあえず第1話をみたのでした。

これ、実際にみてもらうとわかると思うんですけど、最初の数分で「おや?これは普通のアニメじゃないぞ」という心にポッと火がつく瞬間があるんです。

具体的には、一人称視点が取り入れられているという点と、戦車が3DCGで描かれているというところです。

一人称視点に関しては、まずアニメでそういった表現が使われること自体が非常に少ないということで、単純に映像としておもしろいんです。

そして、戦車が3DCGで作られているという点に関しては、個人的に非常に興味深いところでした。

そもそも、アニメメーションにおいて乗り物を描くということは技術的に非常に苦労するらしく、形状を維持したまま、A地点からB地点へ移動しているようにそれらしくみせるというのは、手描きのアニメではとても難しいそうです。

そういった背景から、車などが3DCGで描かれているアニメーション自体はそれほど珍しいものではありません。

しかしながら、一見、美少女アニメ好きのためのアニメにみえるこの『ガールズ&パンツァー』が、なぜ3DCGで戦車を描き、一人称視点という特殊な表現方法を使っているのか?

その小さな疑問が僕の心の中で浮かんだのです。

そして、その疑問は戦車戦のシーンが始まることですぐに解決します。

答えは単純です。

このアニメは、(兵器としてではなくメカとしての)戦車の魅力を、アニメーションを使って表現する、制作陣の命を削った本気(マジ)アニメーションだったからです。

誤解を恐れずに言いますと、ガルパンに出てくる個性豊かな女の子たちは、戦車の面白さを演出するためのツールとも言えるかもしれません。(ガルパンファンに殺されそう)

戦車の描写細かすぎいい!というお話

みなさんは、宮崎駿という人をご存知でしょうか。

駿さんが個人的な嗜好を丸出しにしたマンガを連載している(していた?)雑誌があります。

月刊モデルグラフィックスという雑誌なのですが、そんな駿さんが連載していたマンガをまとめたシリーズが大日本絵画という出版社から出ているのですが、そのシリーズの中に『泥まみれの虎―宮崎駿の妄想ノート』というものがあります。

泥まみれの虎―宮崎駿の妄想ノート

泥まみれの虎―宮崎駿の妄想ノート

これはまさに戦車乗りの話でして、史実をベースに駿さんの妄想も交えながら、一人の戦車乗りの半生を描いています。

このマンガを読むとよく分かるのですが、戦車好きの人たちは見ているところが本当に細かいんです。

そして、戦車を大衆に向けに描くということはとっても大変で覚悟のいる仕事だということがわかります。僕なら絶対にやりませんけど、もしやることになれば宮﨑駿を納得させてやる!という気概をもってやると思いますし、ガルパンからもそういった気概を感じるのです。

一部の人にしかわからない、本物か否かというラインが存在する

駿さんが映画を作っている様子をひたすら丁寧に追い続けるドキュメンタリーがあります。僕はこのドキュメンタリーをみて「このおっさん頭おかしい……」と(もちろん敬意をもって)確信しました。

しかしその一方で、ここまで自分の命を削って、アニメーション映画を作っているのかと感動しました。(ドキュメンタリーをみたことがある人はよくわかると思うのですが、本当に命を削る音が聞こえてくるような仕事の仕方をするんですよね……。)

「もののけ姫」はこうして生まれた。 [DVD]

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そんな駿さんですが、天才ゆえに一般人が理解できないことを時々おっしゃいます。

たとえば、ドキュメンタリーで原画担当者の描いた鳥を「こんなんじゃ飛ばないよ」と一蹴する場面があります。

氏いわく、飛ぶための説得力がないと。

素人の僕なんかは、飛んでいる鳥の絵というのはある種記号化されているため、「飛ぶための説得力がない」というのがよくわかりませんでした。

しかしながら、いざ駿さんが手直しをすると確かに違うのです。見比べてやっとわかるほどの違いですが、たしかに説得力が違うのです。

つまりその道に精通した人々にしかわからない本物か否か、というラインが確かに存在するようです。

そして、ガルパンがなぜ戦車を3DCGで描いたのか?ということの必然性が見えてきます。

詳しい人から見れば形やパーツ、質感や色、部品の数、どれかひとつでも違えばそこに違和感を感じてしまうということです。

ガルパンの制作陣の方々はこの辺りを本当によく抑えていて、戦車という特殊ジャンルをただただヒット狙いで掛けあわせたわけではないという本気度が伺えるわけです。

【謝罪】TVシリーズを大変失礼な見方をしました

AmazonプライムビデオでTVシリーズを観たのですが、戦車戦以外のシーンほとんど飛ばしました。

これに関しては、本当に申し訳ありません。(劇場版を見終わったいま、もう一度第1話からきちんと見なおしています。)

どうしてもこの手のアニメにまだ慣れないということと、やっぱりストーリーに関してはそれほど重要そうじゃないなと途中で感じてしまったからです。

それでも映画を見に行くくらいはまってしまったので、やっぱり戦車戦のシーンは本当にすごいと思います。

ストーリー自体はスター・ウォーズ以上に単純なので要所要所を抑えておけばちゃんとお話についていけました。

ちなみに、劇場版をみるにあたって、同じくAmazonビデオで配信されていたOVAも観ましたが、こちらは全編ちゃんと観ましたし、これをちゃんと見てから映画は観たほうがいいですね。アンチョビちゃんかわいいし。

で、やっと映画の感想(ネタバレなし)

前置きが長くなってしまいましたが、結論からいうと映画館で観れて本当によかったです。

ちょうどスター・ウォーズの公開前日で、次の日からスクリーンが小さくなってしまうことがわかっていたので、その前に行ってきました。

正直仕事も忙しくて、わざわざ映画館に観に行くのもなぁとは思っていたのですが、ネット上に溢れる「絶対に映画館で観たほうがいい。初見が円盤というのはもったいなさすぎる!」という意見についに根負けして観に行ったのですが本当にその通りでした。

ストーリーについて

ストーリーについては賛否両論のようですが、僕は正直何回か泣きそうになりました。(どの口がいうかって感じですが……。)

本当に特に真新しさのないストーリーなんですけど、音楽や声優さんの演技力が素晴らしいのか、結構ぐっとくるシーンがありました。

もともと大迫力の戦車戦が見たい!という思いが強かったということもあって、ストーリーに関してはまったく不満はありませんでした。

戦車戦について

f:id:fe121:20151218184327j:plain【合成写真】「(フリー素材)黒森峰女学院・重戦車ティーガーⅡ追加分」漫画/豚雲海 [pixiv]

この映画の3分の2は戦車が一生懸命走って、ドリフトして、実弾が飛び交ってます。そして、それがこの映画の最大の魅力であり、そこがとにかく最高なんです。

迫力のある音や動きといった映像的な気持ちよさがこの映画が絶賛される所以だと思うので、なかなか言葉にするのは難しいのですが、戦車のエンジン音や、砲撃時の爆裂音、砲弾が装甲をかすめる時の音などなど……とにかく「気持ちいいいい!!」という瞬間が絶え間なく続くため、だんだん麻薬的な気持ちよさが全身を包み込んでいきます。この辺りが、マッド・マックスと並べて絶賛されている部分なのではないでしょうか。

あと、600ミリのアレがアレするシーンは本当にすごかったです。

身体がビクゥゥッってした後、そのあまりの迫力に吹き出しちゃいました。

とはいえ、この楽しさは実際の映像で、さらには映画館の大きなスクリーンと音響システムがあってこそなので、ぜひとも映画館で観て欲しいです。

演出について

演出についてもひとつ。

基本的にこの「戦車道」と呼ばれる日本の伝統的な武道では死者どころか、怪我人すら出ません。

それはなぜかというと、戦車内が特殊なカーボンで保護されているため中にいる人々をどんな衝撃からも守ってくれるからです!

戦車内が特殊なカーボンで保護されているため中にいる人々をどんな衝撃からも守ってくれるからです!(威圧)

大事なことなどで2度言いました。

しかしながら、この映画では「え、もしかしてこの子ここで死んじゃうの?」と思ってしまうシーンがあります。

前述のカーボンの件は、映画の冒頭でも明確にされておりそんなはずはないとわかっていても、です。

正直、もう一度ちゃんと観てからここの部分は語りたいんですけど、ここの演出はすごいなと思いました。

まず、音楽。

音楽が完全に殺しにかかっているんですよ。これまで様々なドラマや映画で見てきた「ああここでこの人死んじゃうんだ…...」というシーンで使われてきたであろうトーンの音楽がさもありなんといった感じで堂々と流れてるんですよ。

そして、辞世の句ともとれるセリフ。

カーボンの件があるから完全に意図的なんだけど、笑うどころか思わず泣きそうになるの。

演出vsカーボンの構図で、観客の脳を完全に混乱させにきてて、その時のなんとも言えない気持ちが僕はとても心地よかったです。笑

でも、自分たちでカーボンという素晴らしい発明を導入しておきながら、あの演出を堂々とやってて、しかもそれが全然滑ってないってセンスありすぎですよ……。

つまりこれがいいたい

『劇場版 ガールズ&パンツァー』ですが、

絶対に映画館で観たほうがいい。初見が円盤というのはもったいなさすぎる!

ということです。

迫力のある映像と、命を削って作られる本気(マジ)アニメーションが好きな方は、あまり食わず嫌いせずぜひ観て欲しいですね。

オススメは、TVシリーズをストーリー部分を流し見で見て、OVAを見てから劇場版です。

Amazonビデオの宣伝みたいになりますけど、プライムに入ってる人はそれほど心理的負担なくサクッとみれちゃうのでぜひ。

▼ 劇場版 Blu-ray 出ました!

永久も半ばを過ぎて、道はいっそう暗くなりにけり

大学生の頃にmixiで書いていた日記が出てきて、それをなんとなく読んでいたらなんだか落ち込んでしまった。

当時のクラスメイトのコメントも残っていて、あの頃は気づかなかったけれど、みんなが自分のことをおもしろがってくれてたんだなぁと初めて知った。

そんなクラスメイトも、今どこで何をしているのかも、連絡先も知らない。

僕が大学4年目に休学したことをきっかけに、自ら距離を取ることを選んだからだ。

その頃の日記には、自分が書いたとは思えないような文章が残っていて、今見ればちょっと恥ずかしくて青臭い文章なんだけれど、それでも自分の軸がしっかりとあって好感がもてた。

まるで他人事のようだけど、はっきりわかるのは、今の自分はクソつまんない消極的なヤツになったということだ。

社会人になったからなのか、自分には似つかわしくないかわいい顔の彼女がいたからなのか知らないけれど、自分の内に秘めたドロドロしたものをいつからか封印することにしたらしい。

じゃぁまたあの頃のような文章が書けるのか?と言われればそれは無理だと思う。

ネットという環境が大きく変わったというのもある。

ドロドロした感情も、しっかりと予防線を張って、キレイに包装紙を掛けなければ、たちまち社会的信用を失ってしまう世の中だ。

ネットがパラレルワールドだった時代は終わり、現実の延長線上にはっきりと存在するようになった。

けれども、あの頃のような文章が書けない一番の理由は、自分にその熱量がないことだろう。

長い時間をかけてゆっくりと変化していったことはなかなか実感しにくい。

あの頃の僕が、こんなにつまらない大人になったことを知ったら、きっとショックを受けるだろうな。

そんなことを考えていたら、自分の将来がまた一段と暗くなった。(#666くらいかな・・・。)

このまま、この生活を続けていくべきなのか?
仕事で結果を残して安定した生活を手に入れるのが自分にとって本当に正解なのか?

ぼんやりとした、しかしどこか実感のある気持ちで、自分が人生の岐路にいることを感じている。